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04

4月

2010

歴史に埋もれた長沼文化

崇峻天皇暗殺現場 飛鳥宮跡付近 崇峻天皇暗殺現場 飛鳥宮跡付近

【古代の天皇暗殺事件】
 西暦592年、古代の人たちを震撼させた天皇暗殺事件は、長沼地方で造られた、あるものがカギを握っていた。
 

 日本書紀に「崇峻天皇暗殺」に関する記述がある。
 

 要約すると、「権力者蘇我馬子は崇峻天皇を亡き物にしようと企てたが、天皇はそれを察知して姿を現さず、どんな手を使っても宮殿には出てはこなかった。そこで『東国の調が届いたので贈呈式にご出席ください』との呼び出しをかけると、天皇はそれを断れず宮殿に出御したので、そこを暗殺した」とある。
 

 歴史に唯一残る、臣下による天皇暗殺事件である。
 

 調とは不定期な税のことで、いわば贈り物のようなものだ。東国の調とは信濃の国からの贈り物であろうといわれてきたが、明治大学の吉村武彦教授は、「東国の調とは、印波のクニの織物である」との説を唱えている。
 

 教授は、万葉集に印波の麻布の調を詠んだ歌があることから麻布のイメージを持たれているが、印波のクニからは絹織物も献上されていた。天皇が身の危険をおかしてまで贈呈式に出席したというのであれば、私には麻布とは思えない。東国の調は、長沼地方で織られた高級絹織物以外にはないと思う。
 

 妃に「あなたが臆病だから絹の織物がもらえないじゃないの。私はそれできれいな着物を作りたいの。あなたも男ならありもしないことを怖がらないで贈呈式に出て、それをもらってきてちょうだい」などと言われたのではないかと私は想像してしまうのだが、そんなことを歴史家の先生に聞かれたら、「不謹慎だ」とおしかりを受けそうだ。
 

 印波のクニの織物はそれだけ品質が優れていたということであろう。
(成田市玉造 田村 桓夫)