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20

6月

2010

歴史に埋もれた長沼文化

そば処・初音庵 そば処・初音庵

【激戦 竜台合戦①】
●初音庵と古戦場
 戦国時代、成田で最大の合戦は、天正9年(1581)の竜台合戦だ。私はある日、偶然その古戦場に足を踏み入れた。
 30年前のことである。竜台で「そば処・初音庵 新装開店」の新しい看板が目に入ったので、遅い昼食をその店で取ることにした。
 竜台の交差点から看板の指示通りに路地に入ると、道はいきなり狭くて急な坂道になっていた。車がすれ違えないので対向車が来ないうちにとアクセルを「ブオーッ」と吹かして一気に坂を上り切ると、そこは別天地のような平らな台地で、不思議な世界に迷い込んだような錯覚を受けた。
 そこから少し先に店があった。竹やぶの中にわら葺きの古い大きな民家があって、童話の「スズメのお宿」のようだった。
 そばを注文して待つ間に壁に目をやると、幹が枝分かれした竹の写真が張ってあり、横に「竜台合戦」の説明書きがあった。ちょうど店のオーナーらしき男性がそばを運んできたので写真の説明をお願いした。
 「私はこの家で生まれ育ち、都会に出て最近まで数軒の塾を経営していましたが、昨年母親が他界してこの家が空家になってしまいました。江戸時代の庄屋屋敷なので壊してしまうのはもったいないと思い、塾の経営をこどもに任せ、私はそばを食べ歩くのが趣味だったので、この家でそば屋を始めることにしました。
 ここは竜台合戦の古戦場ですが、昔からこのあたりの竹やぶには二又や三つ又に幹が枝分かれする竹がよく見られ、その合戦で討ち死にした武将の怨念が宿ったものだといわれています」
 竹の幹は、通常枝分かれはしないものなのである。
         つづく
 (成田市玉造 田村 桓夫)