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11

7月

2010

インド旅行記20

ブッダ・ガヤーに建つマハーボディー寺院 ブッダ・ガヤーに建つマハーボディー寺院

 ホテルに戻り、ロビーからデリーの旅行社に「ホテル変更の本当の理由は?」と電話をした。貧弱な英語力では言いたい事の半分も話せない。そこでNに代わり、ネパール語とヒンドゥー語で30分程やりとり、やっと事情が分かった。
 最初デリーで頼んだ旅行社は元請で、我々3人のツアーを各地の業者に、ガイドと車、何泊何日、送迎を含めていくらで、と分割丸投げしているのだ。だから下請け業者は、利益確保のためホテルのランクを勝手に下げたりする。予約したホテルは、あくまでも同等クラスということで、元請はそこまで管理せず下請けまかせなのだ。ガイドや運転手はフリーの孫請けになる。デリーの旅行社の返事は「現地の業者に従って欲しい。穴埋めはデリーに戻った時にする」だった。地元業者の社長やホテルオーナーも集まり大騒ぎしたが、最後はインド流に従うしかなかった。それと今夜1泊だけだから…という諦め心もあり、妥協してしまった。夜はレストランでビールを飲みながら、今回の反省と対策などを話し、バナーラスィーの夜を楽しんだ。
 翌日、土産用のカレー粉を探しに歩き回り、ヘトヘトになって夕方ホテルに戻った。そして荷物を整理し、駅に向かった。次の訪問地は、お釈迦様が覚りを開いた地ブッダ・ガヤーだ。夜行列車に7時間揺られて午前3時、ガヤー駅に着き列車から降りた。すると日本語を話す青年が待っていた。彼は神戸に3年住んでいたと言う。駅前にはホームレスの人たちが、魚卸売市場の競りの鮪の様に並び寝ていた。ガヤー駅からブッダ・ガヤーまで約16キロ。「いよいよブッダ・ガヤーだ!」と、友人はやや興奮ぎみ。辺りは真っ暗闇でヘッドライトの範囲しか見えない。30分程でホテルに着いた。少々ナーバスになっているので、まず看板のホテル名を見るが、暗くてハッキリしない。フロントに人はいなくて、ガイドから鍵をもらい2階の部屋に入った。交代でシャワーを浴び、ひとまず寝る事に。2時間程で目が覚め、窓のカーテンを開くと、ひときわ高くそびえるマハーボディー寺院が見えた。   (つづく)          (B)