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11

7月

2010

歴史に埋もれた長沼文化

竜台古戦場(成田市竜台) 竜台古戦場(成田市竜台)

【激戦 竜台合戦④】
●竜台砦の落城
 「ワアー、ワアー」
 いよいよ決戦の朝を迎えた。北条勢7千騎は竜台の砦を三方から囲み、ときの声をあげて一せいに攻めかかった。
 昨日の勝ちいくさに北条勢は意気盛んで、獲物を狙う野獣のように挑んだ。
 砦の中からは鉄砲や弓で応戦したが、北条勢は竹を束ねてそれを盾とした。すると、鉄砲の弾も矢も竹の表面を滑って貫通できず、その盾を先頭に北条勢はジリジリと砦に迫った。
 ついに一の木戸はやぶれ、二の木戸も逆茂木に熊手をかけられ、今にも引き倒されそうになっている。
 長沼五郎は長刀で打ち払ったが、そのとき海老原次郎に太ももを切り落とされ、倒れたところを打ち取られた。そのすきに北条勢は逆茂木を引き倒して砦の中に飛び込んだ。
 大竹、荒海らの百騎がそれを囲んで討ち取ろうとしたが、逆に千葉方に犠牲者が多く出た。そうこうするうちに北条勢がどんどん砦に侵入して、とうとう千葉勢は総崩れとなり、我先にと逃げ出した。
 大竹、荒海の二将はそれでも味方を励ましながら踏みとどまって防戦したが、多勢に無勢となり、ついには討たれてしまった。
 千葉勢の大将小田左京大夫は、再起をはかるため家臣30騎を引き連れて東を指して落ちていった。
 内野のあたりに差し掛かったとき、北条方の追手300騎が追いついて「左京殿と見受けたり。引き返して勝負あれ」と呼びかけたので、「もはやこれまで」と敵の中に切り込み、見事な最期を遂げた。
 ここに成田市域最大のいくさ〝竜台合戦〟は終わり、敗者の長沼地方は北条方に踏みにじられた。(つづく)
(成田市玉造 田村 桓夫)