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21

1月

2011

歴史に埋もれた長沼文化

医王寺の祭礼 医王寺の祭礼

【医王寺の祭礼】
 2月24日は医王寺の祭礼である。当日は消防の関係者も多く参拝する。
 行くと、寺の大広間には溢れんばかりの参拝客がいて、世話役や僧侶もたくさんいた。無住の寺なので僧侶は付近の寺々から出張してきたのであろう。
 ここの「火防霊尊」は、千葉常胤(頼朝の鎌倉幕府誕生を助けた武将)の守り本尊だったものをのちにここに安置し、火伏せの神(仏)と信仰を集めるようになったものだ。祭壇に並んでいる仏像で白馬にまたがる僧侶(常胤か)の像が珍しかった。
 医王寺での祭礼が済むとちょうど昼時だった。
 お札をいただいた参拝者には食事が振る舞われるというので隣の建物に移動すると、そこはまるで昔の大衆食堂のようだった。メニューは「親子どんぶり」だけ。無料であった。食べきれないほどの量だったがおいしかった。
 食事が済むと多くの参拝者は背後の山頂にある愛宕神社へと向かった。
 医王寺と愛宕神社はもともとは同じもので仏事と神事の両方を執り行っていたが明治の神仏分離令で分けざるを得なくなり、山頂に神社を祀り、元の場所は寺院とした。両者は今でも同じ日に祭事を行い、多くの信者は双方のお参りをする。ただし、どちらか片方しか参ってはいけないという人もいる。
 私も食べ終わって愛宕神社へと登った。途中にはたくさんの露店が立ち並び、年に一度の賑わいを見せていた。山の中腹に鳥居が立ち、そこから100段ほどの階段を上ると神社に着いた。
 そこで初めて大盛りの親子どんぶりの意味がわかった。腹ごしらえをしないと、愛宕神社の長い階段を登るのはきついのである。
(成田市玉造 田村 桓夫)