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今回のルート
成田市役所8時44分(水掛ルート)乗車==新妻9時3分下車(運賃200円)==徒歩(15分)==①諏訪神社==徒歩(25分)==②荒海子育て地蔵==徒歩(15分)==③荒海貝塚==徒歩(25分)==④芭蕉句碑==⑤菅原神社==徒歩(10分)==水掛入口11時43分乗車==成田市役所12時18分下車(運賃200円)
①諏訪神社(10分)
バスは、国際文化会館から今なお自然が残る中郷地区に入ります。春には桜の美しい墓苑メモリアルパークから中郷公民館前を通り、さらに道なりに進むと新妻地区に入ります。新妻バス停を降り、丁字路を右折すると、右手に諏訪神社の鳥居が現れます。
1月、この神社神殿で行われる鯉切りオビシャは、伝統を守り古式ゆかしく執り行われます。
<新妻の鯉切りオビシャ 古式にのっとった厳粛な神事>(「広報なりた」2004年12月15日号より抜粋)
この神事、数年前までは毎年1月20日に行われていましたが、現在では20日以前の最も近い日曜日となりました。(中略)神事は、神官によるお祓い・祝詞の奏上、神社総代・区長・当堂・来堂(らいど=これから1年間御神体を守る人)らによる玉串の奉納後、いよいよ鯉切りの儀式です。
神前に生きた鯉が運び込まれ、出席した人たちによって「鯉の褒め問答」が行われます。「金色に輝く」「鱗(うろこ)がまばゆい、目の下3尺に及ぶ大魚」「淡水魚の王者といわれる大魚」などと鯉を褒め、「このような大魚、わたしごとき者には包丁を向けることはできません」「修行を積んだ料理の名人がいると伺っております」などと丁重に譲る口上が一巡すると、この日の主役である鯉切り役を務める子どもの登場です。
この大役を務める子は例年、当堂の家から選ばれます。裃(かみしも)を着て包丁と菜ばしを頭上高く振りかざし、円を描くようにして鯉を調理し、神様に献納。最後に参加者が「豊年だ!」「万作だ!」と大きな声を連呼しながらアラレを蒔き、鯉切りの儀式が終わります。
②荒海子育て地蔵(10分)
海老川停留所から古市場停留所へと県道を進み、荒海川に懸かる地蔵橋を渡ると、左手に荒海子育て地蔵が祀られています。地蔵には、ケサと呼ばれるひもがたくさん結ばれています。このケサを抱いて寝ると子どもが授かるとの言い伝えで、ケサを借りていき、願いが叶うと、お礼としてケサを倍にして返すのでケサが増えるのだそうです。
③荒海貝塚(10分)
荒海十字路の角、共同利用施設を左折し、上の台地に向かう細く急な坂を上りきると畑に出ます。根木名川と荒海川が合流する標高32mの台地で「荒海貝塚」の標柱を見ることができます。
春、耕作作業が始まる直前の貝塚の姿は、息をのむように美しく、畑の土が石灰をまいたように真白に輝きます。
荒海貝塚は、早稲田大学や国立歴史民俗博物館により発掘調査が行われ、縄文時代最後の大貝塚であると判明し、全国的に有名となりました。以後、この特徴をもち、南関東地方で発掘される縄文時代最終晩期の土器すべてが「荒海式土器」と呼ばれています。
④芭蕉句碑(5分)
荒海十字路から下総方面に向け、さらに徒歩25分、左手は白鳳カントリーのゴルフ場です。久住郵便局の角を左に折れ、磯部地区に入ります。さらに1㎞ほど進み、これまで左手に見えていた台地が終わる辺りが菅原神社への細道です。地元の人に道を訪ねるときは「天神様は?」と聞かないと通じません。
参道の一隅に松尾芭蕉の句「さゝれかにあしはいあがる清水哉」(はせを)が刻まれています。清水に足をひたしていると、沢蟹が足にはい上がってくるというのです。残念ながら芭蕉がこの地を訪れた記録はありません。芭蕉没後160年、1853年の建立です。
水音もなく、清水も探すことはできませんが、この句を頭に巡らし、静まりかえった周囲を見回すと、その清冽なイメージがぴったりとくる情景です。後述の菅原神社神殿彫刻をはじめ、当地の人々の文学的教養の高さを感じさせます。
⑤菅原神社見学(20分)
本殿の周囲をよく見ると、松竹梅や鶴亀など精巧な彫刻が施されています。右側面には、馬に乗り、兵法書を持った老人が、左側面には、竜に乗って靴を捧げる若者が浮き彫りされています。中国漢時代の歴史家・司馬遷が『史記』で紹介する故事「黄石公と張良」の一場面です。
初対面の老人が沓を橋の下に落として、張良に「拾え」と命じます。張良は怒らずそれに従います。老人は、5日後の再会を約束します。
5日後、先に来て待っていた老人は、日が昇ってから現れた張良に「目上の者との約束をしておきながら遅れてくるとは何事か」と怒り、また5日後に会う約束をします。張良は次の5日後、日の昇ると同時に約束の場所へ行ったものの、老人は既に来ていて以前と同じことを言われます。
3度目には日の昇る前に行くと、老人は後から来て「その謙虚さこそが宝である」と言い、張良に『兵書』を与え、「この書を読めば10年後には王者の軍師となるだろう」と告げられます。
前漢の皇帝<高祖>を支えた名軍師<張良>は、こうして誕生したというのです。(参考 新書漢文大系『史記』<世家>2 明治書院)
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