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16

9月

2011

紙ひこうき

9月7日号の記事「ふるさと『成田』を再発見!」の文中、「成田市に縁があり、江戸時代、徳川家の剣の指南役でもあった伊藤一刀斎」と記述したところ、「徳川家の指南役は小野と柳生の2流派しかないのでは?」とご指摘のお電話をいただいた。ありがとうございます▼一刀斎は戦国時代から江戸初期にかけて活躍した剣術の達人。その評判を聞きつけた徳川家康が召し抱えようとしたが、一刀斎は拒み、弟子の小野忠明を指南役に推挙したと伝わっている。確かに徳川の剣の流派は柳生新陰流と小野派一刀流の2流派。現在成田高校裏、永興寺にあるのが小野忠明の墓だ▼しばしば歴史上人物のエピソードは、人から人へ語り継がれているものが多く、その時々で芝居や講談話のネタになったり、語部や作家が脚色、いつの間にかそれが定着していくということが起こる。(B)