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昭和7年頃の三里塚の花見『図説成田の歴史』より
[桜の名所三里塚①]
今回は、私が所属する「北総文学会」の仲間、川島ナナ子さんの作品から花見の様子を抜粋して紹介します。
「私は、下総御料牧場内で幼少時代を過ごした。
根木名には3つのサラブレッドの厩舎があり、その広い敷地内にはさくらの大木が並んでいた。三里塚の町を挟んで道路添いに歩くと見渡すかぎりの広い穀物畑があり、そして美しい丘陵地帯が現われる。そこには、鶏舎、豚舎、牛舎があり、羊の群れが羊飼いの伯母さんに追われながら、のどかに放牧されている。これらのすべての地域には所狭しと、美しく咲いたさくらがみごとにトンネルを作っていた。
根木名から三里塚の町へ向かう途中に九年畑という広い台地がある。さくらの季節になると、5、6軒はある旅館業者が一斉に花見小屋を作り始める。一本の大木を支えにして建てた小屋の周囲は、一升壜の酒やビール壜がずらりと並べられ、青い杉の葉で囲み、雨よけ代わりにした。中にはゴザが無造作に敷かれ、表からは丸見えになっていた。
お店の前に立ってあどけない顔をした呼び子さんがしきりにお客に声をかけている。
『お客さん! 寄っていらっしやーい。戻ってきてお入りなさーい』
その美声につられ、なかば酔い加減の客がぞろぞろとお店に入っていく。
あちらこちらから三味線を弾き小太鼓を叩きながら、顔や衿などに、しつこいほど真っ白におしろいを塗った桃割れ姿の踊り子や丸髷姿の芸妓たちが、派手な柄のきものを着て足並み揃えやってくる。その踊り子一行は花見小屋の客に呼ばれて、三味線、小太鼓の音色に合わせてしなやかに踊りながら、いよいよ場を盛り上げていた」
(成田市玉造 田村 桓夫)
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